さくらインターネットを退職します
先日最終出社日を迎え、人が全然いないオフィスで一人デスクを片付けてきました。
最終出社をしてきた pic.twitter.com/py6NearCAA
— TᗩKᑌᗰI KOᗷᗩYᗩᔕᕼI (@chamaharun) 2020年5月29日
いわゆる退職エントリというやつです。新卒入社して3年ちょっと(学生時代のアルバイトも含めると6年ちょい)勤めたさくらインターネットを6月末付で退職することになったのでご報告です。
どんな会社だったのか
レンタルサーバ、VPSやクラウドなど、インフラサービスを幅広く提供している会社です。 (一部の)データセンターを自社で持ち、空調や電力といったファシリティの管理から各種コントロールパネルのデザインの開発まで自社で行っており、 インフラを使うだけでなくサービスとして提供している、というところに惹かれて入社したという経緯があります。 良い意味で色んな分野の尖った人材が集まっており、あちこちのコミュニティやカンファレンスのスポンサーとか支援も積極的に行っている点が良かったです。
他にも良い点は色々あって、緊急事態宣言より前からちょくちょくリモート勤務してたし、日によって定時の30分前には帰れる割に残業代が固定で20時間分支給されるし、 副業するのに上司の許可とかいらないし、有給も制度上入社時20日付与ですが、なんだかんだで諸々合わせると30日近く付与された年もありました。
どんなことをしたのか
Slackに絵文字をコツコツ追加して、気づいたら自分の絵文字が2000個を超えていました
カッコつけて誇張表現してる部分もありますが、詳しくはLinkedInにまとめています。
アルバイト時代は石狩データセンターで物理サーバの構築作業の一部を主にやっていました。 届いたサーバを開梱して設置・設定・配線をしつつ、その業務で使うWebアプリケーションを作り変えたりしていました。 何度か石狩DC見学会に同行して、美味しい海鮮丼を食べてファシリティの知識を勉強したりしていました。
飯テロ pic.twitter.com/T4dicBdbaG
— TᗩKᑌᗰI KOᗷᗩYᗩᔕᕼI (@chamaharun) 2015年11月7日
新卒で入社して、最初の一年半ぐらいは大阪の本社で主にレンタルサーバやVPSといったホスティング系サービスの監視対応や深夜のメンテをしていました。 24/365のシフト制で出勤時刻が7時だったり14時だったり22時半だったりしました。 休みが土日ではなく平日に来たり、夜仕事をして朝帰るのが体力的にキツかったりしましたが、 深夜手当が出たり自由な時間が多かったり、そこのチームでしかできない経験が積めたりしたのでよかったです。
あと大阪はメシが美味くて居酒屋もハズレが少なかったです。知らんけど。
そのころ学生時代からお世話になっている大先輩のid:notchi590からインフラ入門の書籍を執筆の話をいただき、一緒に執筆しました。
その後色々あってさくらのVPSのインフラ寄りの運用とか開発とかをやるようになりました。 ホストサーバの構築から障害対応・サポートまで、インフラに関わる色んな仕事を経験しました。
運用系で深く印象に残っているものだと、監視システムを改修して「手作業のぬくもり」を減らしたり、 CPUの脆弱性が発表された際に、その脆弱性のサービスへの影響がどういったものなのか、 緩和策を取るとパフォーマンスにどういった影響を与えるのか評価してサービスとしての対策を検討する、とかもやっていました。 学生時代からセキュリティには興味があって、このタスクでもCVEとか各種の情報収集が楽しかったです。
開発系だとスタートアップスクリプトのシェア機能を提案したり、 SSH公開鍵の登録機能のインフラまわりの開発を行いました。
その他、新卒採用イベントに参加したり、新しくチームに入られた方のサポートを行ったり、 大学で講義をしたり、地元のテレビ局のローカルニュース番組の取材を受けたりしていました。
何を学んだのか
技術的なものは多くて数え切れません。 ハードウェア周りもミドルウェア周りも業務をこなしていく中で、特にストレージや仮想化のあたりの知識や経験が身についたし、 まだまだ勉強しなきゃいけないと感じています。
「好きなことを仕事にすると仕事とプライベートの境界が曖昧になってつらい」という話をよく目にしますが、僕はその辺をポジティブに捉えていて、 業務と趣味でうまくフィードバックのサイクルを作って、気になることに何でも挑戦することにより技術と知識が広く深いものになりました。 学生の頃はPerlのCGIとHTMLを書くのが精一杯だったのですが、今ではpythonでフレームワーク使いつつAPI作ってWebアプリを作ったり、 Dockerでアプリケーションをコンテナ化したり、Ansibleで構成管理したり、テスト書いてCIで回したりしています。
一つ大事なのは、何度も障害の対応をしているうちに、障害対応の「嗅覚」を身に着けました。 言語化するのが難しいのですが、障害対応をしていると「何かいつもと違う」「ここがちょっと変」という感覚があるかと思います。 これにいち早く気づけるので、より早くトラブルを収束に繋げられている気がします。 隣の席の同僚兼先輩にはいつも勝てなかったですが😂
技術以外にも価値観とか、仕事の仕方で学んだことも多かったです。
- ブラウザからはシンプルに見えるサービスでも、裏では多くの人が支えていて、その苦労の上に成り立っている。
- 機械は必ず壊れるし、障害は時々起きる。(ご迷惑をおかけする事ではあるが)お客様はその点を理解してくれているし、起きた際に情報を早く正確に出すなど誠意を持って対応することで信頼関係が生まれる。
- 技術を使って人の仕事を楽にしたり減らしたりすることは、その過程も含めて結構楽しい。
これらは今後エンジニアをやっていく上で大事にしていきたいです。 そして最近はこんなことを考えています。
インフラ分野、職人技とか経験から来る勘とかが結構あって、属人化の原因の一つな気がする。こういったものを言語化して誰でも作業できるようにしたり、機械的に処理できるようにして、(半)自動化を進め人の仕事をへらすのがインフラエンジニアの仕事だと思ってる
— TᗩKᑌᗰI KOᗷᗩYᗩᔕᕼI (@chamaharun) 2020年5月8日
転職に至ったきっかけ
経験を積むにつれて漠然とより成長できる環境を求めていたように感じます。 さくらインターネットという会社が好きだし、今の仕事をしながら学ぶことも多いし、 社内にも全然違う技術や新しい事に積極的に取り組んでいる部署もいくつかあるのですが、 今までと違う環境で経験を積んでみたいと思うようになりました。 ぶっちゃけコレといった転機はなかったのですが、ちょっと大きめの仕事をやり終えて、 達成感を味わいつつ、転職をすることにしました。
さいごに、これからについて
沢山の優秀な方々と仕事ができ、圧倒的に成長できた3年間でした。 社内外問わず関係者の皆さん、お世話になりました。
詳しい話は後日公開するつもりですが、次の会社が7月1日からなので一ヶ月まるごとお休みです。 付与日数が多かったこともあって使い切れない有給が4-5日ぐらい残ってしまったんですが、次回への反省ですね。
干物リストを貼ってみようと思います。 ポチって頂けると励みになります。
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